Saturday, October 30, 2010

日本語はScienceに向かないとつくづく思うこと

しゃべっている言葉によって、物事の考え方が全く違うということの続きで、ついでの思い出した話。ブログネタ帳にあったので、一年ぶりに取り出してみた。

私はたまに日本の人から手紙やらメールやらをもらったりする。彼らに取っては私は「(偉い)先生(???)」なのかどうかは知らないけれど、敬語の使われたきれいな文章である。敬語つかった手紙をもらうだけで感動するのもどうかと思うが、普通の手紙やメールはビジネス(ほとんどの場合英語)および友人達(日本語および英語)なので、そんな物はもらわないのである。もらった手紙を保存していたりすることもある。

たまに敬語を使った日本語の文章を書かないといけないときには、私は大騒ぎしている。そういうことで、「敬語の使い方の本を数冊持っている。「ちゃんとした手紙・はがきの書き方」という本を取り出してきて、読んでは一人で感動し、敬語を書こうとしては唸っている私である。医者だったら、病院に所属した時にしごかれていそうだが、「一匹狼の群れ」大学の博士課程を卒業して、そのままドイツに飛んじゃった私は敬語を使う機会がほとんどなく、そのままなのである。日本の偉い先生と話すときは、一体どうすればいいんでしょう???

それにしても、日本語の文章って美しい。

さて、 本題に入って。
その美しい日本語であるが、scienceを表現するのには、全然向かないのである。
例えばここにライフサイエンス 論文を書くための英作文&用例500(羊土社)という本がある。羊土社の人もまさか私がこんなことに本を使うとは思ってないだろうが、許してもらうことにして。。。。引用する。

例文55
Activation of MAPK was partially blocked by PI3K inhibitors.
MAPKの活性化が、PI3K阻害剤によって部分的にブロックされた

この日本語の意味がすぐわかる人は日本人である。私の場合、英語はフンフンと前から読んでいって普通にわかるが、その訳の日本語の場合一瞬の間がある。

MAPKの活性化が、(PI3K阻害剤によって)部分的にブロックされた。

と、こういう風になる。主語と述語がくっついてないと変なのである。なので、主語を読んでから途中をすっとばして、述語を読んで、それから途中を読むことになる。したがって、私が訳すとこういう順番になる。

PI3K阻害剤によって、MAPKの活性化が部分的にブロックされた。

もう一つ文章を引用。

例文56
Fibroblasts express relatively low levels of MMPs.
繊維芽細胞は、比較的低いレベルのMMPを発現している。

これもそう。私の頭の中では、 「繊維芽細胞は」まで読んで、「発現している」を読んでから「比較的低いレベルのMMPを」を読む。あるいは途中を読んでいるがその間は宙ぶらりんで、述語を読んでやっと「あー!」と思う。

この部分がここを修飾してー、えーと。

万事この調子である。たまーに、ガイジンに、「この日本語の論文手に入れたけど、日本語読めないから読んで説明して」と言われることがあるが、読んでいると大変である。

普通の日本語を読んでいる時には全然問題ないから、サイエンスの時だけの問題なんだと思うが。私の場合サイエンスは「英語で」なのである。そういえばドイツ人の同僚と話しているとき、「サイエンスを語るときは、(アメリカにいる)ドイツ人同士でも英語を使う」と言っていた。ドイツ語でそれに相当する単語を知らないからだそうである。
そういえばそうだ。私もplasmacytoid dendritic cellの日本語単語とか一応知っているけど、全然ピンと来ないし(プラズマ様樹上細胞だったと思う)。toll-like receptorも日本語単語は「toll様受容体」だが。日本語でサイエンスのセミナーをすると、自分でも何言っているかわからなくなる。日本語でしゃべっているのに途中でとまる。
なので、日本に帰ってセミナーをやらせてもらったとき、英語でやった。(←この話書いたっけ?) 

ちなみにフランスでは学会とかでも英語の単語を使うと笑われるそうである。 うーむ。フランスはフランス語を保護しているのか?

そういうことで、日本のアカデミックでも英語が問題ならば、ならばの話だが、英語で研究をしていったらいいと思うのであった。日本はいい研究をしているから、別に言語と関係ないのかも知れないが。私はガイジンに「日本語は詩を書くために存在してるんだ、scienceにはぜーんぜん向いてない」と、むちゃくちゃなことを言っているのであるが、そしたら友人には「じゃ、どうして日本ではあんなにテクノロジーが発達してるの?」と聞かれてしまった。うーむ。

なので、「英語で研究した方がいいのかなー」と思ったとき、どこから始めるか提案。

この前(きっと半年ほど前)に出身研究室の先生をメールを(敬語まじりで)やり取りをしていたときに、「ラボミーティングを英語ですることにした。当然のことながら質問が出てこない」ということ聞いた。

それはそれは、ものすごくハードルが高いところから始められましたね。

私も英語の1時間セミナーを、なんとか満足できる程度にするのに、日本を出てから5年以上かかっている。それを考えると、いきなりラボミーティングを英語にするのは、大変であろう。
なので、「実験ノートを英語のするのはいかがでしょう?」と提案してみた。ドイツでは、もちろん実験ノートを英語で書くところからスタートしたのである。ドイツ語で書けと言われたらどうしようかと思っていたが。。。。そんなことは言われない。英語で書いてねーと言われたときは「うっ!」と思ったものだが、同僚のノートを見せてもらったり、挿絵を入れたりして、書き始めると、なんとかなるものである。話すよりも遥かにハードルが低い。実験の結果をボスにしゃべるよりも遥かにラクである。

実験ノートを英語で書き始める。いかがなもんでしょう?

今日の教訓 それにしても、英語は永遠のテーマですよ。

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しゃべっている言葉によって、物事の考え方が全く違うということ

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